スター音楽学院ー歌のwebマガジンー

スター音楽学院の最新情報満載!

7月・8月は日本各地が夏祭りで賑わっています。博多の祇園山笠や京都の祇園まつり、東北の三大祭りのように歴史ある大きな祭りはもちろんですが、ごく小さな、町内の自治会主催の祭りも準備に携わる人たちの努力や支えが無ければ成立しません。筆者の地元は35年前にできた東京のベッドタウンですが、子どもたちの“ふるさと”となる町作りの一環として、自治会発足当時から夏祭りを行事として取り入れました。当時は小・中学生が大勢いて、親たちが作った子どもみこしと子どもたちが飾り付けた山車を、大勢の担ぎ手、引き手たちが汗を拭いながら練り歩き、夏祭りを大いに盛り上げていました。その子どもたちも今では40代から50代、自分たちの子どもを連れ、7月末のささやかなふるさとの祭りに帰って来ます。親世代は焼きそば・かき氷・ヨーヨー・いか焼きなど屋台を準備し、奮闘しています。皆さんの地元の夏祭りはいかがですか…?
 8月に入り暑さはこれからが本番です。暑さを吹き飛ばし、新しい歌の課題に取り組み、励みましょう♪


<インタビューコーナー>
 オリジナルCD『でも…あなたを愛したい』をリリースした
      加藤敏樹 こと TOSHIKI さん

TOSHIKI 

今回登場して頂くのは大阪府枚方(ひらかた)市在住の加藤敏樹さん。
6月25日タリアセンレコードからセカンドシングル「♪でも…あなたを愛したい」(作詞中原英之 作曲井上善日居)をリリースした加藤さんは松下電工で定年まで勤め上げたサラリーマン。映画と歌が大好きなご両親に連れられ幼い頃から映画館に行き、帰宅後ご両親が口ずさんでいた映画の主題歌をいつの間にか覚えていて、一緒に歌っていた記憶があるそうです。「♪上海帰りのリル」を歌って大人たちに驚かれたのもこの頃の事。高校生時代は西郷輝彦などの青春歌謡にハマり、レコードを買ってきてギターを弾きながら一人で歌っていました。サラリーマン時代には普及し始めたカラオケのある店でお酒を飲みながら歌う事もあったようですが、歌の学校へ通ってレッスンを受けるという経験はありませんでした。定年後ある店で歌っていたら歌手の綾香さんから声をかけられステージに誘われ、デュエットしたのが大勢の人の前での歌デビュー、その直後レコード会社の見学にと言われ同行したのが初のオリジナルCDへとつながります。CDを出してからいろいろな店やボランティアで歌っているうちに、音楽・歌についてきちんと学びたくなりホームページで知った本校に入校、認定講師の資格を取得しました。その後はTOSHIKIとしての活動と、講師として生徒さんに教える活動をしています。歌を歌えなかった高齢の生徒さんが歌えるようになって「とても楽しい!」「孫からほめられた」など笑顔で話す姿を見るととても嬉しいとおっしゃいます。これからも人と人とのつながりを大切に「大好きなムード歌謡の復活のためにがんばりたい!」と優しく語る加藤さんは、歌好きのお母様が晩年入居していた施設で歌い、聴いてもらえた事とお元気なお父様にオリジナルCDを渡せた事で親孝行をされました。甘く切ないうら声がキュンと胸に響くTOSHIKIさんの歌を、皆さんもスター音楽学院のHPでぜひお聴きになってみて下さい。   (編集長)

最近よく聞く“嚥下(えんげ)”という言葉は“物を飲み込む”という意味ですが、年を重ねるに従って飲み込む力が衰え、食べた物が食道にいかず誤って気管から肺に入ってしまい“誤嚥(ごえん)性肺炎”になる人が増えているようです。『肺炎がいやならのどを鍛えなさい』(飛鳥新社)の著者で医師の西山耕一郎氏は「人間はのどから衰える生き物です。飲み込む力をどれだけキープできるかが寿命を決定づけるといっても過言ではありません」と言います。そのためにはのどの筋肉を鍛えること、これは60歳を過ぎてからでも十分間に合うそうです。ただし完全に嚥下機能が弱くなりすぎる前に、自分で動かせるうちにどんどん動かすこと、飲み込む力と密接な関係がある発声をしっかりすること、声がかすれたりガラガラになる人は筋肉が衰えている可能性があるので、大きな声や高い声を出し、のどの筋肉を効果的に刺激するといいようです。大きな声で歌ったり笑ったりしてのど仏を上下させ、健康寿命を延ばしましょう~♪今日から新学期がスタートしました。


6月11日(日) ライブハウス新宿21世紀にて

         <生バンド打ち上げサマーパーティ〉開かれる

6月11日、梅雨入り宣言してから晴天続きの中の日曜日、スター音楽学院では今年度前期の打ち上げパーティが開かれました。場所はこのところ何回か開催されているお馴染みの『ライブハウス新宿21世紀』で、参加者は26名でした。前日の土曜日に前期の締めくくりのスタジオレコーディングを済ませた人も、当日の午前中にレコーディングした人も、結果に満足(!)だった人も、そうでなかった(?)人も、とりあえず半年間のレッスンが終了した区切りの意味を込めた打ち上げの会を楽しみました。午後4時半、佐野校長の乾杯でスタート。先ずはお箸を進めながら仲間との歓談、レッスン中のエピソードや失敗談に笑いがおこり、わきあいあいの雰囲気で進行していきました。緊張感が漂う発表会と違って、お酒が入っていくにつれ会場には和やかな空気が流れ、いよいよ生バンドによる歌の発表の場へと移ります。このパーティの良い点は、レッスンを受ける曜日や時間帯が違うクラスの人たちの歌をじっくり聴くことができることです。半年間、同じクラスでレッスンを受けているクラスメイトの歌はいつのまにか覚えていて耳になじんできますが、初めて耳にする歌も多く、新鮮な気分で聴くことができ、刺激にもなります。今回も筆者自身、知らなかった歌を何曲も聴くことができて、いつか機会があったら自分も歌ってみたい!と思った歌が何曲かあったのが収穫でした。水谷豊の「カリフォルニア・コネクション」を歌った中島とよ子さん、大川栄策の「さざんかの宿」を歌った香川敏子さんのチャレンジ精神からも学ばせていただきました。また懐かしい昭和歌謡の「ここに幸あり」を山本みどりさんが、「島のブルース」を公文美恵子さんが、そして「真っ赤な太陽」を井上雪子さんが歌う姿に、良い歌は時代を越え歌い継がれていくことを実感しました。フィナーレは佐野校長のベース+21世紀バンド+広野先生によるスペシャルステージでした!大盛会のとても楽しいサマーパーティでした。(編集長)

終戦直後は約250万人だった日本の出生数が、昨年は遂に100万人を割りました。少子高齢化の傾向が年々高まっています。それに伴い入院・通院の方が増加し、健康保険への圧迫が問題となっています。その対策として寝たきりの人を少なくするため、各自治体では住民の健康管理に力を入れるようになりました。わが町でも毎年住民健診が行われ、今年も血液・尿検査、問診・触診、身体測定・メタボ健診等の基礎健診を受けてきました。会場の片隅に血管と肺年齢のチェックができるコーナーがあったので“何でも受けてみよう!”のノリで列に並びました。左手の中指の先に簡単な測定器具を付け、待っているだけで血管年齢がわかるのです。診断は“-5歳”、でとりあえず“ホッ!”。続く肺年齢は、ボイスや歌のレッスンでのご指導の成果か、意識して呼吸している努力の結果(?)か、何と“-13歳”という数字が!…ニンマリして「生きている限り歌い続けよう!」と決心した次第です。♪さあ、今日のレコーディングでは会心の一枚を作り上げて下さいね♪


インタビューコーナー>

2弾・第3弾のオリジナルCDをリリースした   

いつも前向き   高嶋多美子さん

髙嶋 

1弾のオリジナルCDを出した直後にお話を伺った高嶋さんですが、今回は自身のオリジナル2曲で1枚のCDを作りあげました。普通、オリジナル曲1曲に既成の曲をカップリングに使う方が多いのですが、高嶋さんは希望して2曲作ってもらい、レコーディングしたのです。学生時代から社交ダンスをしてきたので、自分の曲に合わせて踊れたらどんなに楽しいだろうかと考えた高嶋さんは、来年の古希を記念して、通っているダンス教室の発表会で踊ることをめざしています。歌詞と曲ができてきた段階で削って簡潔に、自分の想いが伝わるように推敲を重ね、時間をかけて仕上げていったのです。その過程は、昨年9月に72歳でがんのため亡くなった歌好きのご主人との辛い別れに納得していく上でも必要な、大事な時間だったのです。ラテン好きの髙嶋さんが熱望してできあがった曲はルンバの「愛のまぼろし」と、チャチャチャの「ダンス・イン・ザ・パラダイス」です。前回の経験をふまえ、レコーディング前の歌の指導を担当された吉邑先生にも自分のイメージを伝えたので、納得できるものができたのではないかと言います。特に「ダンス・イン・ザ・パラダイス」のサビの部分に男性のコーラスが入るといいのではないかということになり、急遽広野先生にお願いして特別参加して頂いたそうです。どんな仕上がりになったのか、聴いてみたくなりますよね。60歳の時から始まったご主人の闘病生活でしたが、「二人で一つの事をやりたいね」と話し合い、“日本橋から京都まで、東海道を歩く”という目標を立て、1ヶ月に1回、12日で歩き始めたそうです。お二人が山歩きの会で初めて出逢った京都までを完走することはできず、その旅は豊川で終わりましたが、前へ前へと目標を持って歩いていく高嶋さんの旅はご主人に見守られ、まだまだ続きます。ダンス好きのお嬢様・お孫さんに囲まれ、『歌って踊れる整体師』としてDVDを作成中とか…話題の尽きない髙嶋さんの人生に“あっぱれ!”(編集長)    

晴天に恵まれたゴールデンウィークに東京・亀戸天神の藤まつりに行って来ました。20年前に行った時には駅から近かった記憶があるのですが、今回は遠く感じられました。20年前の若さが距離を感じさせなかったということでしょうか?歩行者天国の道路の両側にずらりと並ぶ店舗を覗きながら天神様の鳥居をくぐると人・人・人人波をかき分けながら進むと、境内の藤棚では満開の紫色の藤の房が風に揺れていました。桜の華やかさとは違う大人の女性の落ち着きを感じさせる藤の美しさに触れ、我が身を振り返り「こうありたい」と強く思った次第です。13年前に訪れた足利フラワーパークには広大な敷地に樹齢150年の8万房の花をつける大藤など350本以上の藤の木があり、見事な絵巻物を見ているようでした。桜も藤もつつじも、どんな花も辛い時季に耐え毎年時を見極め開花して私たちを楽しませ、幸せを運んできてくれます。たくさんの花たちに感謝し、愛情を持って接していきたいと思いました。私たち人間も、それぞれの花を咲かせたいものです。東京校では来月、CDのレコーディングをします。今月のレッスンで各自の課題を克服できたらいいですね。

 

藤2 


NHKテレビ・ラジオ『みんなのうた』知っていますか?

NHKのテレビ・ラジオから流れてくる『みんなのうた』を耳にしたことがありますか?テレビでは、歌と共に流れるアニメがかわいくて子どもたちには大人気。この番組は1961年(昭和36年)4月に始まり現在も続いている長寿番組です。放送時間は5分間ですが、55年の間に300曲以上を世に送り出している“歌の宝庫”のような番組です。1961年といえば夢も希望もあった高校1年生の筆者は、テレビから聴こえてくる「あわて床屋」をボニージャックスの歌に合わせて歌っていた記憶があります。1923年に作られた北原白秋・山田耕筰コンビのこの歌は評判が良くて1966年と2003年にも再放送されました。「おお牧場はみどり」「どじょっこふなっこ」「登山列車(フニクリフニクラ)」など、当時の歌は全て歌えるほど耳になじんでいます。今までに登場したデュークエイセス・芦野宏・スリーグレイセス・ペギー葉山・中尾ミエ・五輪真弓・財津和夫・ゴダイゴ・石丸幹二等々…豪華な歌手の顔ぶれですが、画面に歌手は登場せず歌のみを放送するというスタイルを貫いています。作品発表の場になるので歌手側からの持ち込み企画も多いようですが、幼児から年配者にまで親しまれCD化されて大ヒットにつながった歌が多数あります。「大きな古時計」「山口さんちのツトム君」など、懐かしく思い出される歌が『みんなのうた』から生まれています。何と、シブがき隊の「スシ食いねェ!」、宇多田ヒカルの「ぼくはくま」、昨年解散したSMAPの「ベストフレンド」も!!!他にもガッツ石松「OK食堂」、タモリ「ミスターシンセサイザー」、中井貴一「ありがとうさようなら」など、お宝の歌もあります。NHK全国学校音楽コンクールの課題曲や震災復興の支援曲になった歌など、歌の力を強く感じさせてくれる貴重なこの音楽番組がこれからもずっと続いて、音楽好きな子どもたちがたくさん育っていってほしいと願っています。(編集長)

毎年3月になると、靖国神社の一本の桜木のつぼみの様子で都内の開花宣言が出され、人々の心に春を届けてくれています。今年は3月21日に開花宣言が出てから寒い日が続き、満開が予想された4月第一週の土日は3分咲きで場所取りに張り切った人たちは肩すかしをくらったようです。桜が咲く時季で一喜一憂するのは人間だけで、当の桜は時機が来たら黙って咲き、黙って散っていくだけです。毎年恒例の旧住居界隈でのママ友たちとのお花見、歌仲間との夜桜見物、地元の家族単位でのお花見、と連日飛び回って桜を堪能しました。
先日、歌舞伎界で話題を呼んだ中村勘九郎の長男勘太郎君(5)と二男長三郎君(3)の襲名披露興行『門出二人桃太郎』を観劇する幸運に恵まれました。折々の成長の様子をテレビで目にはしていましたが、年端もいかない幼子が家柄を背負って大きな声でセリフを言い、見栄を張り、芝居する姿に万感迫るものがありました。父親の勘九郎さんは30年前の自分と父・勘三郎さんの姿をダブらせていた事でしょう。歌舞伎・能・狂言・落語・講談・日本舞踊・演歌等々、日本のすばらしい文化は後世まで継承していってほしいものですね。

インタビューコーナー
京都校 講師養成講座通学コース 台湾からの受講生 紀慶輝 さん
紀さん
今回は、台湾から毎月通学している紀さんにお話を伺いました(飛行機の時間の都合で一部、後日紙面にて回答あり)。紀さんはミツミ電機・台湾支店で31年間勤務し物流と業務を担当、定年退職後は社会大学で演歌の指導をしていらっしゃいます。7人兄弟の長男で、小学校時代にお父さんが日本の演歌をよく聴いていたので一緒に聴いて演歌を覚えました。歌は好きでしたが学校の音楽の授業で勉強しただけで、特別に習ったことはないようです。台湾では台湾の歌をよく歌っています。日本の歌手で好きなのは五木ひろしさん・北島三郎さん・神野美伽さん・天童よしみさんですが、細川たかしさん・森進一さんも人気があるそうです。台湾にもカラオケボックスがあり皆さんに利用されているようで、紀さんも週に1~2回、お友だちや生徒さんたちと楽しんでいらっしゃるとか。紀さんが定年後に歌を勉強しようと思ったのは“健康のため”“興味がある音楽の追求“ということからでした。そして音楽雑誌で知った本校の門を叩いたのは、正しい日本演歌の教え方を学んで、台湾の生徒たちに伝えたいと思ったからです。生徒には歌を歌う楽しさや、歌うことは健康にもいいということを伝え、歌詞の内容や主人公の感情を理解して歌うように導き、一緒に楽しんで歌えるように心がけていらっしゃるそうです。「生徒には、日本の文化と日本人の優しい感情や観光にいい町の紹介などをしていきたいです。家族は自分を十分理解してくれていて、やるなら歌一筋に正式な演歌の指導者になってほしいと願ってくれています。週に1曲新曲を練習し、発声や発音等を日本の教科書20冊で学んでいます。これから日本の歌手のコンサートにも行ってみたいし、大会にも出場したい。そして台湾で一番優秀な演歌の指導者になりたいです」と丁寧に答えて下さいました。紀さん、夢に向かって頑張って下さい。いつか同じ舞台で歌いましょう
お正月、節分・豆まき、ひなまつり…古くから受け継がれてきた伝統行事が目白押しの季節。寒さに震えた記憶も薄らぎ、春の気配が漂い始めるこのごろは各地から満開の梅の便りが届き、伊豆河津町には一足早い花見客が大勢押し寄せているようです。そんな時期に日本の歌謡曲界にとって大きな存在の作曲家・船村徹さん逝去のニュースが飛び込んできました。多くの日本人が知っている「王将」「矢切の渡し」「風雪ながれ旅」等さまざまなヒット曲を生み出しカラオケでも歌われています。幼い頃、軍人に憧れる船村少年に「お前は兵隊になるな。死ぬのは俺だけでいい」と出征前にハーモニカを吹いて聴かせたという長兄の存在が、船村さんに大きな影響を与えたと生前語っていました。そのお兄さんは1944年、フィリピンのミンダナオ島沖で戦死、奇しくも船村さんが亡くなったのも同じ2月16日でした。東日本大震災で津波の被害を受けた福島県いわき市の塩谷埼に建つ「みだれ髪」の歌碑とひばり像は波にさらわれず、現在も歌を流し続けています。作詞家星野哲郎さん、歌手美空ひばりさん、船村徹さんの想いはいつまでも私達の心の灯となり続けることでしょう。


のど飴の決定版、『健脳丸』 新発売 !!!

nikki新健脳丸 
京都では昔から“京飴”が名産品として売られてきました。多くの飴屋さんが存在し、今日まで各種の飴を製造しています。中でも今西製菓は明治9年創業の老舗で、厳選した原料を使用し、経験豊富な職人技で手間暇かけて“見た目に楽しんでもらえる商品”を作っています。どろっぷ、手まり玉、瓶入り飴、京野菜ののど飴など、時代に即した話題の飴を開発している綾小路にある製菓店です。その今西製菓の専務・今西政博氏と本校佐野校長との出会いが今回の『健脳丸』誕生のきっかけでした。市場では数多くののど飴が発売されていますが、歌を歌う人の立場から「のどを保護する、のどを滑らかにする、歌詞を忘れずに歌えるための記憶力低下改善ののど飴…そんな飴があったらどんなにいいか」という願いを込め、『歌のための“のど飴プロジュクト”』を昨年立ち上げたのです。京都の漢方薬剤師などのご協力のもと、試行錯誤を重ねました。原料には、加齢による記憶力低下の改善や認知症の予防に優れた効果があり、健常成人の記憶力向上にも効果があると言われている「イチョウ葉エキス」「山伏茸」を主に、のどに優しいメディカルハーブ「エキナケアエキス」「甘草」「プロポリスエキス」を限界配合した結果、高濃度のハーブキャンディーが遂に完成したのです。大手メーカーではなかなか実現しにくい、丁寧な工程でこそ実現した『健脳丸』。既に郵送させていただいた号外でもお知らせしましたように、このたび製品として販売することとなりました。物忘れが気になってきた方、のどの潤いのためにも一日3粒、ぜひお試しください。歌詞を覚えるための記憶力を維持することはもとより、いつまでも潤いのある良い声で歌っていくことができますように、これからは『健脳丸』を道連れに♪ (編集長)
新年をことほいでいるうちに、もう2月。恵方巻きや豆まきの話題でにぎわう節分の翌日は立春…「暦の上ではもう春です」と言っても寒さはこれからが本番。インフルエンザや風邪などにかからぬよう、気を引き締めて2月を乗り切りましょう。晴天が続いている関東地方に比べ、北国の大雪のニュースに心を痛めていた或る日、知り合いから明治座の『由紀さおり特別公演』のチケットを頂き、久しぶりに華やかな劇場に足を運びました。1部では初座長公演にも関わらずプロの役者さんを相手に渡り合い、凛とした中にも可愛らしさを漂わせる芸達者ぶりに魅せられました。2部のオンステージでは一転、純白のドレスや真紅の妖艶なロングドレス姿でヒット曲「手紙」「夜明けのスキャット」から「シルエットロマンス」「ラブ・イズ・オーヴァー」「つぐない」など昭和歌謡を披露、同年代の観客から割れんばかりの拍手が贈られました。1ヶ月間観客を動員し、満足させることができる技量と、幼少時から童謡歌手・安田章子として活躍してきた由紀さんの息の長さにも感服。人に感動を与えることはできずとも「感動する心だけは持ち続けたい!」と強く願った次第です。

雑誌『ヘルス アンド ライフ』の取材受ける
雑誌1

1月14日のレッスン日、代々木のスタジオに健康情報誌『ヘルス アンド ライフ』の記者さんとカメラマン氏が本校の取材にみえました。高齢化問題でにぎやかな我が国において、健康な生活を送るためにシニア世代がどのように日々を送っているのか、各地を巡って同好会や趣味の会などの取材をしていらっしゃるとの事でした。レッスン開始前に、先ずは佐野校長がインタビューを受け、本校の開校のきっかけや歴史、変遷などを聞かれました。続いて広野裕二先生は、これから歌を始めようかな?と思っていらっしゃる方に対して、「年輩の方はリズムを取るのが苦手な傾向にありますが、アドバイスを素直に聞いて取り入れる人は上達が速いです。苦手を克服して、非日常の歌の世界で楽しんでください」いうアドバイスと、「今まで千人以上に歌を教えてきましたが、音痴だと思い込んでいる人は、カラオケのキーが合っていないだけなのです。自分に合うキーで歌えば、歌う事がどんどん楽しくなっていきますよ」と初心者に勇気を与えるヒントを語っていらっしゃいました。そしてレッスン風景の取材では、カメラマン氏は教室内で一人一人のレッスン中の写真撮影を、記者さんはレッスンの様子を筆記していました。レッスン終了後、私とクラスメイトの大島さんがレッスン生の代表として(?)取材を受けました。開校当時からの生徒として「歌を続けてきて良かったことは?」という質問に対して「悩み事が起きた時や辛い時、歌を歌って乗り越えられました。歌があってよかったです」と答え、大島さんは「歌を歌うという事は向上心を与えてくれます。仲間もできて、毎回楽しんでいます」と答えました。第二の人生に何をするかは人それぞれ、ダンスをする人・スポーツをする人・観劇を楽しむ人…様々ですが、“歌”という自分に合った趣味を見つけることができ、心から楽しんでいる自分の人生はまんざらでもないなと今回の取材を受けて再確認しました。趣味を通して充実した人生を過ごしましょう! (編集長)

2017年・平成29年が明けました。今年はどんな酉年になるのでしょうか?大空に羽ばたく年となってほしいですね。先日、沖縄・八重山諸島の人口700人の小浜島に住む80歳以上の女性たちでつくる合唱団~うふだき会~のドキュメンタリー番組を見ました。同島には幼い頃から喜怒哀楽を共にしてきた、歌と踊りの大好きな女性たちが住んでいますが、一人で歌っているよりみんなで歌う方が楽しいからと80歳以上の合唱団を結成したのが92歳の会長さん。90歳以上の方も自分で歩いて集い、発声練習を兼ねて島の歌「♪小浜島」を手拍子で声高らかに歌います。農作業などで幼少時から鍛えられた足腰・腹筋のお蔭で声もよく出ています。島の行事で合唱を披露し、若者たちの指針になっている姿を見て、人々の濃密なつながりを感じました。小浜島の『ぼけない5ヶ条』~①仲間がいて気持ちの若い人②人の世話をよくし感謝の出来る人③ものをよく読みよく書く人④よく笑い感動を忘れない人⑤趣味の楽しみを持ち旅の好きな人…これらを心に刻み、心がけたいと強く思いました。代々木の私たちも負けてはいられません。若さのために今年も大いに歌い続けましょう♪


発表コンサート & 打ち上げパーティー開かれる   

コンサート

1211()正午より、“ライブハウス新宿21世紀”で前期の発表コンサートが開かれました。クリスマス・年末を控えた新宿は大勢の買い物客でにぎわい、活気ある年の瀬の盛り上がりを見せていました。

2回目のコンサート会場となった“新宿21世紀”も、クリスマスの飾りつけで私たちを温かく迎えてくれました。第1部トップバッター・大澤晃さんの「東京ブギウギ」で幕を開け、松村純子さんの「情熱のバラ」、そしてお二人のデュエット「夕日の丘」へと続きます。吉邑先生のクラスのお二人ですが、当日やむを得ない事情の為プログラムを変更し、早目の出演となったのです。そして広野先生の土曜クラス・日曜クラスのレッスン生が、緊張しながらも半年間のレッスンの成果を聴かせるべく、真剣にご自分たちの歌を披露していきました。大きなホールと違ってすぐ近くに観客席があるので聴き手の息づかいも感じられ、アットホームな雰囲気の中でリラックスして歌えた方が多かったのではないでしょうか。広野先生の特別コーナーではボイスの授業を全員で体験しました。興味を持った方にはボイストレーニングコースのご用意もありますので、事務局までお問い合わせ下さいとの事です。第2部は吉邑先生・常盤先生のクラスの発表でした。残念ながら体調を崩されて参加が叶わなかった方もいらっしゃいましたが、万全でない中を息子さんの付き添いで参加し、無事に歌う事ができた方もいらして感無量でした。最後は常盤先生と吉邑先生の歌で発表コンサートは閉幕となりました。引き続き同じ会場で行われた打ち上げパーティーでは発表会とは一転して緊張感が解けた和やかなムードの中、ギターの弾き語りあり、オリジナルCDのお披露目あり…心から楽しんで歌っている光景が見られました。恒例の佐野校長のベースと21世紀楽団のバンド演奏+広野先生の飛び入りラップで最高潮の中、お開きとなりました。(編集長)

 

皆さんの中には、60年前に大旋風を起こした“歌声喫茶”に通われた方も大勢いらっしゃるのではないでしょうか。昭和30年、リーダーの音頭のもと、ピアノやアコーディオンなどの伴奏で店内の客が一緒に歌を歌う店、『灯(ともしび)』『カチューシャ』が新宿にオープンしました。東京を中心に各都市部で流行った歌声喫茶の誕生です。労働運動・学生運動の高まりと共に、連帯感を生む歌声喫茶の人気は上昇、店内は人々であふれ、最盛期には日本全国に100軒以上の店がありました。集団就職で上京した若者たちの心のよりどころの役割も果たしていたようですが、45年頃にはカラオケボックスの出現などから衰退しました。それが20年前頃から復活の兆しが見え始め、今では各地で“出前うたごえ喫茶”が評判を呼んでいるようです。同じ歌・同じ時期を共有した人々が、今また一緒に歌うことによって“前に進む力”が生まれているのです。『うたごえ世代』の一人として歌声喫茶に通い詰め、豆歌集を集め、見知らぬ人たちと肩を組んで歌った時から歌のとりこになりました。歌によって生かされていることをかみしめ、今日の発表コンサートに臨みます♪

ご覧になりましたか?映画『はじまりはヒップホップ』を…

 ご存知ですか?『ヒップ・オペレーション・クルー』を…

ヒップ 

今年8月、『はじまりはヒップホップ』というドキュメンタリー映画が封切られ、平均83歳のニュージーランドの高齢者たちがヒップホップダンスに挑戦する姿が観客の目を惹きつけ、感動を呼び、話題となりました。最高齢94歳のメンバーたちが暮らしているのは人口8千人のニュージーランド・ワイヘキ島。2011年のクライストチャーチ地震で被災したのを機に同島へ移住した女性、ビリー・ジョーダンさんが「島の高齢者に生き生きした毎日を送ってほしい」との願いから131月、高齢者に呼びかけてダンスチームを結成。「高齢者は、やりなれたことだけをしていると、今まで出来たことが出来なくなったときショックを受けてしまうので、常に新しいことに挑戦すべき」というジョーダンさんは、チーム結成後わずかの期間で、同年8月に米国ラスベガスで開かれる『世界最大のヒップホップダンス大会』に参加することを決め、それに向かって練習を積み重ねていきます。メンバーたちの家族関係や心情などの人間模様を織り込んだこの映画は全世界で大きな反響を呼び、14年にはギネスブックに『世界最高齢のダンスグループ』として認定されました。今年8月中旬、日本での映画公開を前にグループのメンバー5名が来日し、高齢者施設を訪問、入居者たちと笑顔でダンスをする姿が新聞に掲載されました。映画を撮影したブリン・エバンス監督は「撮影を通して『人間は90歳になっても、やろうと思えば何だってできる』ということを改めて認識しました」と話していました。この映画で勇気を頂いたスター音楽学院は、『日本の高齢者の可能性を信じ、何歳になっても生き生きした生活を送ってほしい!』と、右欄の要項で歌って踊るメンバーを募集します。チャレンジ精神旺盛の方!自分の可能性を信じている方!2017年、活躍するのは“た”です!(編集長)


今年のノーベル文学賞に、シンガーソングライターのボブ・ディランさんが選ばれたというニュースに世界中の人々が驚きました。作家ではなく、反戦などを訴えてきたミュージシャンの紡ぎ出した言葉と音楽に、ノーベル文学賞の選考委員が評価を与えたという事実に『音楽の持つ力』を再認識し、感動しました。1663年の『♪風に吹かれて』以来、反戦を歌い、プロテストソング(抵抗の歌)と言われている歌は、シンガーソングライターの草分け的存在として多くの若者たちに影響を与え続けてきました。1960年から70年代、そのメッセージを世界が共有し、音楽を通して世界はつながりました。「歌詞は人々が歌い、反復されて力を持つ」と加藤登紀子さんは言い、吉田拓郎さんは「彼が居たから今日があるような気もする。多くのことがそこから始まったと思う」と語っています。「ノーベル賞の知らせに言葉を失った」と15日後に受賞の喜びを語ったボブ・ディランさんが、これからも音楽を愛する人々へ熱いメッセージを発信し続けてくれることを信じて、音楽に光を当ててくれた今回の選考委員の勇気ある選択に喝采を贈ります。「音楽っていいものですね~♪」

インタビューコーナー 
自らの作詞でオリジナルCDをリリースした渋谷忠雄さん
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本校の東京校では各期の最終月に発表コンサートを行っていますが、毎回、舞台で背筋を伸ばし朗々と伸びやかな高音を響かせ、心に染み入る歌を聴かせてくださる渋谷忠雄さんが、初のオリジナルCDを出されたということなのでお話を伺いました。渋谷さんは本校生として17年間、講師の広野先生の生徒として一貫してレッスンを受け続けています。国立公園の出羽三山(月山・羽黒山・湯殿山)で知られる山形県、月山のふもとの鶴岡市に生まれました。これ以上奥が無いという山奥の豊かな自然に囲まれた地域で育った渋谷さんですが、近所でお祝いごとがあると頼まれて祝い唄を歌っていたというおじい様やお父様の血を受け継ぎ、幼少の頃から歌が好きで歌っていたそうです。都会と違って人目を気にせず大声を出して歌える環境で伸び伸びと育ったからこそ、喉が強くて良い声が出るのだと、お話を聞いて納得しました。親戚の会社で働くために上京し、昼は仕事、夜は夜学に通う青春時代、好きだった歌の世界への憧れが首をもたげ、歌謡教室に入り歌手を夢見たときもありました。でも家庭の事情で歌手の道を断念し、学校を卒業し、懸命に働きました。それから月日が経ち、子育ても一段落した時、ラジオから流れてきた本校の案内に心が動き、若き日の歌への想いが蘇り、「どんな学校かな?」と興味を持ち、数十年ぶりに歌と向き合う決心をしたのです。当時の同級生には個性的で魅力あふれる方が多く、刺激を受けて楽しい日々だったようです。「81歳という年齢を考え、集大成として自分を育んでくれた故郷への想いを詩にして、尊敬する広野先生に作曲をお願いしてオリジナルCDを作りました。兄弟・子供・孫・甥や姪など総勢40名が集まる故郷で、『♪出羽三山』を披露するのが楽しみです」と語る渋谷さん。力強い話しぶりからは技術者として“生涯現役”を貫き通す覚悟も窺えます。愛する土地でご親族に囲まれて歌う幸せ一杯の渋谷さんの笑顔が目に浮かびます。いつまでも昭和の雰囲気の漂う温かい歌を歌い続けてくださいね。 (編集長)