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「N響 チャリティーコンサート HOPE」

     ピアニスト 辻井伸行 & NHK交響楽団


幼少時からの成長の記録をテレビで目にしていたせいか、親戚か知り合いの子供さんのような感覚でずっと見守ってきたピアニストの辻井伸行さん。

そのピアノをナマで聴きたくてインターネットで申し込んでも何度も抽選で外れ、そのたびに落胆していましたが、ついに9月4日、NHKホールでのN響とのコンサートのチケットを入手でき、ワクワクしながら行ってきました。

辻井さんは1988年生まれの23歳。6年前、最年少でショパンコンクールに出場し「批評家賞」を受賞、2年前のクライバーン・コンクールでは日本人として初めて優勝、以来各国のオーケストラと共演し、各地の音楽祭にも出演、世界各地でリサイタルを開く等、有望なピアニストの一人です。


今回のコンサートのキーワードは“未来への希望~HOPE~”。

毎回将来を嘱望される若手の演奏家とN響の共演があり、収益金は地域に根ざした活動をしている団体の支援にあてるチャリティーコンサートです。

「N響さんとの共演は初めてで夢のようです」と語る辻井さんは人の何倍も努力をしてきた人、そして情熱の人です。

『チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番』ではピアノのパートの直前に、それまで膝の上に置いていた左手を鍵盤の中央に、右手は鍵盤の右端をさっと触ってすぐに出すべき音の場所まで移動させ、弾き始めていました。

柔らかく繊細で流れるような響きから全身の力を指先にこめて叩きつけるように弾くエネルギッシュな演奏まで、鍵盤を自在に操る巧みさは、まるで魔術師のよう。

N響とピアノの共演を堪能、鳴り止まない拍手と「アンコール!」の声に応えての自作ピアノ曲のソロ演奏では、辻井さんの優しさがメロディラインに乗って、心のひだに入り込んでくる瞬間を体感しました。

その名の通り、まだまだ“伸び行く”可能性無限大の辻井伸行さん。機会があったら何度でもコンサートに足を運んで、“そのとき”の音を、演奏を、聴き続けてみたい楽しみなピアニストです。  (編集長)



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クミコさんと一台のピアノ

先日、歌手のクミコさんと一台のピアノとの出合いを追ったテレビのドキュメント番組を見ました。

3月11日の東日本大震災当日、ご自分のコンサート直前に石巻市で遭遇し、裏山に避難して九死に一生を得たクミコさんは以来、無力感と、歌うことの意味を問い続けてきました。

そんな時、石巻市の“サルコヤ楽器店”の、津波に遭って砂と泥にまみれたグランドピアノの存在を知って訪ねて行き、「泥ごときに負けてたまるか!」という井上晃雄社長(82歳)のピアノ再生にかける想いを聞き、「このピアノで、石巻で歌いたい」と願ったのです。

ピアノを分解し、汚れを取り、砂を吸い取り、ネジをはずし、さびを落とし、磨き直す…大変な作業を調律学校の生徒たちが協力して行い、震災から半年後、9月11日の“一歩前へ~奇跡のコンサート~”に間に合わせたのです。

残りのピアノも再生していきたいと言う井上さんと、復興ピアノで歌うことによって歌う事の意味を感じたというクミコさん。

これからも音楽が持つ力で聴く人の心を癒し、慰め、希望を与えてくれることでしょう。私たちも歌の力を信じてずっと歌い続けていきましょう。明るい未来が訪れますように♪

作曲家 浜圭介の世界

NHK-BS『昭和歌謡黄金時代』で作曲家・浜圭介氏の作品を取り上げていました。

昭和21年満州で生まれた浜氏は、青森県大鰐町、札幌市で少年時代を過ごし、作品にはそれぞれの土地で暮らしたことが息づいていると語っていました。

厳格な父に内緒で中学時代からバンドボーイをしながら歌い、プロ歌手を夢見ていたという浜氏は、17歳で上京、18歳で「♪波止場のロック」でデビューするも売れず、名前を変え再デビュー、それもうまくいかず、友人を頼って青森へ。

そこでお酒を覚え、人情の機微、演歌の心を知ったそうです。

孤児で育った女性の身の上話を聞き、自ら書き上げた詞に曲を付け、それを持って上京、その「♪女みち」が30万枚のヒットとなり、それ以来曲作りの道を進むようになっていきました。

誘われて行ったニューヨークでの最後の夜、雨降る戸外を眺めギターを爪弾きながら作った曲に友人・千家和也氏が詞を付けて出来たのが、後に奥村チヨさんが歌って大ヒットした「♪終着駅」だということを知りました。

ヒットメーカーでありながら、曲作りに行き詰まると「神様お願いです。私に力を下さい」と謙虚にすがるという浜氏に、人間らしさを感じました。

デビュー当時を知る湯川れい子氏は「メロディセンスとスケール感に可能性を感じた」と言い、浜氏と同じく満州から引き揚げ、北海道で少年期を送った「♪石狩挽歌」の作詞者、なかにし礼氏は「演歌でありながら日本を超える歌」と評します。

代表作「♪舟歌」は、阿久悠氏の詞に惹かれ一気に書き上げたそうですが、八代亜紀さんは「淡々とした中に重さを感じ、メロディの中に映像が浮かんでくる」と語ります。

作詞も手掛ける浜氏には「音楽ファンの心に残る曲を書きたい」という思いがあり、詞へのこだわりが強いと言います。

昭和という過ぎ去った時代の挽歌として阿久悠氏との最強コンビで作った「♪昭和最後の秋だから」は、詞とマッチしたメロディラインが哀切で、昭和を代表する傑作だと思います。

詞と格闘しながらその時代のメロディを紡いで40数年…の氏が、新たな出会いによって、人々に愛され後の世までも歌い継がれる“平成”時代の不滅の歌を作ってくれることを、切に願っています。     (編集長)

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