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92歳のピアニスト

       室井摩耶子(むろいまやこ)さん



ラジオで耳にし、もっと深く知りたいと思ったピアニストの室井摩耶子さん。

著書『わがままだって、いいじゃない。92歳のピアニスト「今日を生きる」』(小学館)を4月1日に発刊。

ますます精力的にご活躍中の室井さんは最近テレビやラジオへの出演も増えているのでご存知の方も多いと思いますが、プロフィールも含め、人生観などをご紹介します。

1921年生まれの室井さんは6歳から始めたピアノで頭角を表し、著名な先生の指導を受け、1945年24歳でソリストデビュー、戦後、リサイタル活動を開始。1955年、映画『ここに泉あり』に実名のピアニストとして出演、世に広く知られる存在となります。

翌1956年にはモーツアルト『生誕200年記念祭』に派遣されウィーンへ。

その後ドイツ政府給費留学生になり、ヨーロッパ各地でのリサイタルを開催、“世界150人のピアニスト”に選出されるのです。

1980年に帰国後は国内でのコンサート活動を開始、テレビ・ラジオで紹介されると大きな反響があり、注目の存在となっていきました。

今でも1日8時間ピアノを弾き「宝物を探している」という室井さんは、週に6日は肉を食べる“肉食女子”、身体がおっしゃるままに好きなものを食べる、調理時間は30分がマイルール。

若返るなんてもったいない、老いにあらがわない、老いに甘えない、人を縛る規則は破りたい、「温泉でゆっくりなんてごめん」。

「音楽とは音で書かれた詩であり小説であり戯曲です」。

りんごの3等分がむずかしいように3連符を弾くのはむずかしい。

落語の間(ま)と音楽の間(ま)、この二つには共通点がある。

「音楽の神様は嫉妬深い」等々…室井語録のごく一部を紹介しました。

これだけでも室井さんの凛とした佇まい、生きる姿勢が伝わってきます。

今なおピアノに向かい、練習を欠かさない真摯なピアニスト・室井摩耶子さんの生の演奏を聴ける機会があることを願って、今日から“1日〇時間”歌と向き合っていこう(?)と決心をしました。 

(編集長)

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インタビュー 

 通信コースで認定講師の資格を取得した 西村美代子さん



今回インタビューさせて頂いたのは香川県高松市牟礼町(むれちょう)在住の西村美代子さん。

小さい頃から歌好きでよく歌っていたという西村さんは、地元の大会やコンクールに出て扇風機などの賞品をゲットし、お父様が「自分の血を引いた」と自慢なさっていたとか(でも一度もお父様の歌は聴いたことがなかったそうですが)。

定年になるまで正社員として働き、定年後は嘱託となり自分のために使える時間が増えたこともあって「好きな歌の勉強をして歌を教えたい」という夢を持ちました。

その夢を実現するために情報を集め、その結果本校の“通信コース”を選び、受講を決めました。

認定講師の資格を通信コースで取得するには、毎月送られてくる2本のDVDをテレビで観ながら勉強していきます。
又、一緒に送られてくる添削問題にチャレンジしていくうちに、自然と理解が深まっていくようカリキュラムが組まれています。

10カ月後、本校での試験日を迎えます。西村さんは代々木サウンドタワーでの実地試験当日は、一人での初上京とあって緊張しましたが、歌のテストとペーパー試験は日頃の勉強の成果が出て余裕(?)、でも人前で話をするのは苦手で上がってしまったと言います。

安保先生のレッスン風景を見学して、一人一人に合わせたきめ細やかなご指導がとても勉強になったそうです。

折角の上京なので、翌日は“はとバス”に乗り、スカイツリー・ゲートブリッジ・レインボーブリッジなど都内各所を見学、一泊二日の“試験&東京見物”旅行ができて嬉しそうでした。

数日後の結果発表では努力が実を結び、見事認定講師の資格をゲットされました。

自宅から2分の場所に防音装置完備の部屋も既に完成、歌好きのご主人共々、時々歌っていらっしゃるそうです。

地元には高齢者が多く、福祉施設も増えているようですが、そんな方にも歌を歌って元気になってほしいという願いもお持ちのようです。

高松市牟礼町の町おこし・地域活性化に一役買うであろう『西村カラオケ教室』の誕生の日ももう間近。

スター音楽学院の種が全国各地で蒔かれ、花が咲き、やがて根付く日が来ることを夢見ています♪  

(編集長)

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